音大声楽科卒で元ヤマハ音楽教室講師の母を持つ。そのため、生まれる前からピアノを習うことは既成事実であり、拒否権はなかった😅
私自身に記憶はないが、どうやら5歳でヤマハ音楽教室に放り込まれ、小学校高学年まで専科のグループレッスンとピアノ個人レッスンとを並行。父が転勤族だったため、たくさんピアノの先生は変わりました。覚えている先生の方が少ない🤔
千葉で最後についたのは、当時まだ東京藝大作曲科の学生だった若い先生。
岡山で最後についたのは、当時まだ津山市にあった作陽音大のベテラン先生。
今は2人の子(兄妹)を持つ平凡な主婦ですが、子どもが生まれるまではバンド活動や芝居を本気の趣味にしていた根っからの舞台人🎭 ヤマハ時代にアンサンブルが楽しかったこともあり(私はドラムなどパーカッションを担当することが多かった)、いつかバンドをやりたいと思っていた🎸
岡山白陵高等学校で(の日本史の授業で)大津皇子さまに出会ってしまい、それまでに小説『宇宙皇子』に出て来る大津皇子さまにも惹かれていたので、それから一気に古代史の沼にハマり、図書館に通って関連資料を読みあさり、「お前みたいなヤツが史学科に行くべきだ」という無責任な教師の扇動により文学部史学科を志す。興味があったバンドも演劇も「大学生になったらやろう」と決めて、その未来を支えに、まあ少しくらいは小説や漫画を書きながらも勉強優先の高校生活を送っていた🚃
立命館大学文学部史学科日本史学専攻卒👩🎓 本当は、二上山が見える場所で学生生活を送りたかった…💔
我が子にピアノを教えようと思い立ったものの、自分が最初に何をどう教えられたか全然覚えていないため、導入期指導に役立つに違いないと、息子が3歳になる年からリトミック研究センターの指導者養成コースに3年間通いました。リトミック研究センター認定上級指導員。
幼稚園のママ友さんに頼まれたのを機に、我が子にだけでなく、倉敷市内(第四福田小学区)の自宅で幼児さんから大人の方々にピアノを教えるようになっていきました🎹
2020年7月、合同会社を設立し、代表社員(社長)に就任。
ピアノの先生になる前は、ホテルや専門式場などブライダルの現場を中心に忙しく楽しく働いていました💒 自分の結婚式は、何度も仕事で入っていて気に入っていた会場で、新作のウェディングドレスを着て、芝居仲間に作ってもらったブーケを持って、気心の知れた配膳仲間にサービスお願いして、余興には自分が所属しているアマチュアバンドを呼んで(もちろん新婦の私も弾いて歌って)、親族だけの舞台で思いっ切り主役やりました👰
これは、10年前に開設した、岡山県倉敷市北畝(水島エリア)にあるピアノ教室主宰の主婦(2児の母)兼ピアノ・リトミック講師ときどき舞台女優の社長が気ままに綴る、音楽と育児をテーマにした手記✒️