5歳くらいになると、どこの子も気にするようになるものでしょうか…母親(私)が、いつまで生きていてくれるのだろうかと。
そういえば私も、死生観とでも言うのか、そういった話をし始めたのが早かったと母に聞いたことがある。小さい頃、死に怯えた時期があったのを覚えている。
息子も娘も、「母さんが死んじゃったら(いなくなったら)どうしよう」と、時々泣く。何かの会話の展開上そうなることもあれば、突然言い出すこともある。今日、風呂上がりに その波が来ました。
しかし、メソメソと涙をこぼしたのは娘だけで、息子は私に「あと何年くらい生きられる?」と答えようのない質問をして、私が「いつ死ぬか分かっていたら、その日が怖くて生きていられないでしょう? 未来が分からないから、それはそれで不安だけど、分からないから生きていけるの。きっと未来は今よりいいと信じて生きていくしかないの」と言うと、
おれは、ピアノで未来を動かしてみせる! ピアノで世界を切り開いてやる!
…と、驚かされる宣言をしたのです
息子は、まだ自分が小さい子供のくせに、大きくなったら世界中の子どもたちにピアノの楽しさを伝えていきたい、と何度か言ったことがある。今日は更に、
戦争が起こりそうになったら、おれがピアノの力で止めてみせる!
とまで言い、ビックリ
息子の言う「ピアノの力」は私には分からないけれど、彼にとって、どうやらピアノがただ日々課せられている無味なトレーニングでないことは確かだ。
私はピアノを通して、何を伝えられるのだろう? ピアノの前ではチョー厳しい先生だけど、子どもらは母の愛を感じてくれてはいるらしい。
「母さんがいなくなったら、誰にピアノ教えてもらったらいいの?」 娘はベソかきながら言ってきたけど、大丈夫、少なくとも中学生になる頃には私から自立しているよ。私なんかいなくても、どんな曲でも自分一人で表現できる。そして、せめてそれくらいになるまで、私は生きていたい。子どもらの成長を見届けたい。
ああ、麻央さんは、どんなにか心残りだったろう!
今、私が死んだら、5歳の娘に母の記憶は残らないと思う。想像するだけで切ない。
ピアノは、私たち親子の絆の一つ。突き進め、未来に!
